映画「ジョーカー(JOKER)」観てきた


事前にまったく情報を調べずに映画館へ足を運んだ。結果。ちょっと映像に酔った。

ハンディカメラの映像は画面揺れるから映像酔い(画面酔い)しやすい自分にとって少し軽めの拷問になる。欠伸が止まらなくなり、若干吐きそう、などの症状。映画自体は…重すぎるので絶賛ができない。でも間違いなく良かった。DCコミックス「バットマン」の世界観をベースにしたスリラー映画に仕上がっている。個人的には見るための心構えができてなかった。まずロバート・デ・ニーロが関わっている映画だと知っていれば、それだけでも心構えが違った。

ロバート・デ・ニーロはそういう趣味なのか、「グッド・シェパード」とかもそうだけど悲惨な重い話を好んで選びセルフプロデュースしてる印象が強い。「ああまったく、まったくまったくまったく救いが無い悲惨な悲惨な悲惨な話なんだな」って。故に共感はできないし共感するとやばい映画である。

ホアキン・フェニックス版ジョーカーについて

主人公アーサー=ジョーカー(JOKER)を演じた「ホアキン・フェニックス」は名作として知られる「スタンド・バイ・ミー」に出演していた「リバー・フェニックス」の実弟。

本作「JOKER」ではブリーフ姿やら上半身裸のシーンが数多登場、病的なまでに痩せていて、単なる役作りというより過去に肥満等で贅肉が付いた履歴すら無いかのようなその姿は「極めて貧相な裸」でびっくりする。兄リバー・フェニックスは麻薬の大量摂取で早死しており、この裸を見るとホアキンはどうなんだろうと心配になるが、どうも痩せているのは菜食主義(ヴィーガン)でアルコール中毒だった過去などが関係しているようではある。

演技はさすが、笑いながら精神が少しずつ蝕まれ、かろうじて常人だった頃はいつも登っていった階段を今度は降りで踊りながら、返り血に汚れ完全に狂った道化(ピエロ)の役を見事にこなしている。このJOKER役には一応レオナルド・ディカプリオにも打診が行ったらしいのだが、あのデブ(失礼)のイメージとは大きくかけ離れすぎているので本当かよと疑うレベル。

ヒース・レジャー版ジョーカーとの比較

ヒース・レジャー版ジョーカーとホアキン・フェニックス版ジョーカーは映画「ダークナイト」でヒットした「暗い世界観」が共有されている。映画「JOKER」は「ダークナイト」のスピンオフ作品と言ってもいいはずだし、世界を魅了したあの悪役の続編的なものを多くが望んでいただろう。ホアキン・フェニックス版ジョーカーは間違いなく「ヒース・レジャー」の作ったジョーカーを受け継いで発展させた素晴らしい出来。

ただしホアキン・フェニックス版ジョーカーは「暗さ」が強化された結果R指定映画になった。

ヒース・レジャー版ジョーカーはさすがにそこまでいかないし、「バットマン」として作られた「ダークナイト」という作品はれっきとした娯楽映画の範疇にある。

この辺りに区別があるので「ダークナイト」を喜んで受け入れた観客層の全てが映画「JOKER」をつつがなく受け入れるとは到底思えない。「暗さ」が深刻なレベルでまったく違うのである。

クリストファー・ノーラン監督作品におけるバットマンの世界観

原作であるDCコミックス版バットマンは製作された時代背景やその後の経緯などから、一貫したキャラクター性や世界観を持たず、各映画版も製作を担当した監督によって作品の世界観や解釈が大きく変更されている。

映画バットマン・シリーズは、現代ではクリストファー・ノーラン監督作品とそれ以前とで大別される。悪役としての「ジョーカー」の解釈や存在感も全く異なり、クリストファー・ノーラン監督のバットマン・シリーズ二作目となった「ダークナイト」で登場する「ジョーカー」のイメージが現代では圧倒的に強いだろう。

悪役としての「ジョーカー」はバットマン・シリーズでもキャラクター性が突出していて、これ以上の存在感ある悪役は基本的に出てこない。その特徴は一言で言うと「やばい狂っている」。

原作版バットマンにおけるジョーカー誕生と変遷

元祖DCコミックス版バットマンで初登場となった1940年代の「ジョーカー」も基本的に狂人だが知性をある程度備え、1950年代頃に倫理的規制からイメージチェンジを強いられキャラクターは無害化(ただしこれはこれで人気があったらしい)、1970年代になって原点復帰でまた暗い狂人へと戻っている。登場した時代背景的にDCコミックス版ではシリーズで一貫したキャラクター性を維持しておらず、ただし「道化」としてのビジュアルと「狂気を思わせる笑い顔」には共通があった。

映画「ダークナイト」で登場するジョーカーは「暗さ」と「狂気の笑い声」を強烈にトピックしたキャラクターになっていて、今回の「JOKER」では「徹底して暗い」世界観がまた引き継がれているという点で「ダークナイト」に通じている。キャラクター性としてはクリストファー・ノーラン監督作品の「ジョーカー」を引き継いでよりリアルな精神病患者にした内容。

クリストファー・ノーラン監督作品以前の「映画版バットマン」に登場する「ジョーカー=ジャック・ニコルソン版」にあった「変な陽気さ」は2000年代に入って作られた全ての悪役から失われており、つまり現代の「暗いバットマンの世界観」というムーブメントはクリストファー・ノーラン監督が先導した感が強い。

実際「ダークナイト」製作の際にジャック・ニコルソンには本人いわくまったくオファーが無かったらしく、クリストファー・ノーラン監督のバットマンにおける世界観では原作で1970年代に復活した「暗さ」こそが作品の醍醐味だと考えられていたようだ。

興行的にも成功を納めた「JOKER」

年齢制限がある映画としては興行収入が並外れて良いらしいが、年齢制限がある意味を知るのは映画を観た後か途中から気がつくのだと思う。

巧妙にバットマンの世界観とキャラクターとを取り入れているが、作品としてはバットマンの「JOKER」で無くても成立した気がする。ただし興行的にはバットマンのJOKERだったからこそここまで成績を伸ばせたはずで、じゃあ「ダークナイト」のスピンオフとして期待していたならその人はかなり期待裏切られるはず。

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